太ってた時代から腹筋が割れるまで | 運動音痴の私が体を変えた全記録

体を変えようと決意した人は多いと思いますが、実際に変わるまでのプロセスは人それぞれです。こんにちは、薩摩原人です。


この記事では、小学生時代の肥満から現在の腹筋が割れた状態まで、20年以上かけて体が変わっていったプロセスを赤裸々に語ります。

小学生時代:豆、タコと呼ばれた肥満体型
小学生の頃、私は体脂肪率20%超えの典型的な肥満体型でした。
家での食事が油っこく、毎回お腹がいっぱいになるまで食べていました。野球部に所属していたので体重が極端に増えることはありませんでしたが、身長が低かったため、結果として「低身長のぽっちゃり系」という見た目になっていました。
坊主頭の野球少年だったため、同級生からは「豆」「タコ」というあだ名で呼ばれることが多かったです。


身長へのコンプレックス
体重の割に身長が低いことが強いコンプレックスでした。毎日1L以上の牛乳を飲むようにしていました。
結果は…身長も体重も思ったほど変わりませんでした。


中学生時代:低脂肪乳に切り替えた時期
中学生になっても食事は相変わらず油っこいものばかりでした。
この時期に、牛乳に脂質が多く含まれていることに気づき、低脂肪乳に切り替えました。小学生時代と同様に毎日1L以上飲むようにしましたが、身長も体重も大きな変化は見られませんでした。
部活でも毎日走っていたのに、お腹の三段腹は消えないままでした。


運動音痴だった現実
正直に言うと、小学生時代から野球部で20数名いた中で「1番下手」というレベルの運動音痴でした。
毎年、同学年から2チーム選抜される中、背番号争いに引っかかり、ギリギリで選手として認められるかどうかの綱渡りを繰り返す子供時代を過ごしていました。


高校時代:才能探しから怠惰へ
地元では有名なスポーツ校に進学しました。野球部を辞め、美術部とスキューバダイビング部に所属しました。
「自分には何か特別な才能があるのではないか」と思い込んで入部しましたが、現実は甘くありませんでした。才能も努力心も無いまま、ただ毎日を何となく過ごしていました。


人生初の転機:親からの叱責
転機は高校2年生の冬に訪れました。
勉強もせず怠惰な日常を送っていた結果が全国模試に現れました。親にバレてしまい、「こんな点数でいける様な大学には進学させない」と言い渡されました。
人生で初めて、本気で勉強することになりました。


浪人時代:初めて何かに打ち込んだ時間
北九州予備校(通称、北予備)に入学しました。
人生で初めて、何か一つのことに本気で打ち込む経験をしました。毎日13時間以上、勉強に費やしました。


結果と身体への影響
第一志望の大学には届きませんでしたが、志望校の一つに合格することができました。
ただし、この時期は勉強だけの生活で、運動は一切していません。身長170cmに対して体重は75kgまで増加していました。人生で最も太っていた時期です。


大学時代:反動と転機
浪人時代の勉強漬け生活からの反動で、大学進学後は運動をせず、好きな食事を食べる生活が始まりました。
主食はジャンクフード。肌も荒れて、相変わらず肥満体型でした。


再びの転機:大学4年生
大学4年生になって、また転機が訪れます。
彼女ができたことがなく、来年には就職が控えていました。
社会人になったらもっと忙しくなるし、絶対に彼女は作れない…そう思いました。
マッチングアプリに登録しましたが、人に見せられるようなまともな写真がありませんでした。


ナンパへの挑戦と失敗
「女の子との会話は得意だし、ナンパなら…」と考えた私は、モテモテの先輩に頼り、人生初のナンパに挑戦しました。
結果は完全な惨敗。女の子からはフル無視が基本。やっと連絡先を交換できても、ブロックされてしまいます。
先輩から言われた一言が心に残りました。
「メンタル弱すぎ・太りすぎ」
メンタルの暗いデブは、誰もついていきたくないですよね。


初めての自分磨き
そこから初めて、本気で体を変えることを考えました。
まずは食事量を減らすことから始めました。大学通学・バイト先へは歩くようにして、日焼け止め、リップクリーム、美容室、ファッションにも気を配るようにしました。
結果として、「メンタル弱い普通体重」くらいまで変化しました。


社会人時代(1社目):忙しさと初恋
理系工学部出身の私は、そのまま工場の生産技術職に配属されました。
地元から離れた場所に就職しました。


社会人生活の現実
大学時代の予想通り、社会人生活は非常に忙しく、平日は朝8時から夜10時まで働く毎日でした。
しかし、大学時代のナンパ経験とその後の自分磨きが活きたのか、人生初の彼女を作ることに成功しました。
ただし、その関係は1年半程で終わってしまいます。


祖父の死と転職の決意
この頃、地元で祖父が亡くなり、葬儀に参加しました。
社会人になって初めて、親の偉大さと苦労を理解しました。同時に、「地元で働きたい」と考えるようになり、転職を決意しました。


社会人時代(2社目)~現在:出張生活とトレーニング開始
祖父が亡くなったことをきっかけに、地元で働ける企業に転職しました。
この2社目の仕事は出張が非常に多く、出張先で暇な時間が多く生まれました。
そこで出会ったのが、エニタイムフィットネスです。全国どこにでも店舗があるため、出張先でも継続して通うことができました。


現在の体型と継続
浪人時代の75kgから始まったこの人生ですが、現在は体脂肪率も低く、腹筋が割れた状態を維持しています。
この変化の鍵は「継続」と「出張先でもできる環境づくり」でした。


まとめ
小学生の肥満体型から現在まで、体型だけでなくメンタルも大きく変わってきました。
ポイントは、一度や二度の失敗で諦めず、何度も失敗しながらも「自分を変えたい」という意志を保ち続けることだったと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました